vol.8 陶芸家
平岡朋美さん
vol.8 陶芸家 平岡朋美さん
たくさんの「こと」や「もの」があふれる今、作り手の想いと使い手の心がつながる奇跡。瀬戸内の小さな町で暮らし、ここにある風景、文化、素材と向き合い、ものづくりにこだわりと情熱を注ぐ作り手の方々をご紹介します。
彼らの美意識やものづくりの喜び、遊び心などが詰まった言葉を大切に集めてそれぞれのストーリーを発信していきます。
第8回は、陶芸家 平岡朋美(ひらおかともみ)さん。讃岐の空や海、自然の情景に魅せられて生み出された「讃岐blue」。
色とりどりの器づくりについて、工房「朋花窯(ほうかがま)」を訪ねました。
ー陶芸家になろうと思ったきっかけは何ですか?
短大を卒業してからシルクフラワーアレンジ(布花)の仕事を5年ぐらいしていて、その時にフラワーベースとなる花器やカゴをイメージごとに選んで作っていました。
昔から、絵を描くことや布を使って洋服やぬいぐるみを作ることが好きだったんです。
平面な作品より立体的な造形作品をつくり、使えるってことが好きでしたね。
フラワーアレンジの仕事をしている中でベースとなる花瓶も自分の好きな形で作れるようになればいいなと思い陶芸教室に通うようになりました。
ーフラワーアレンジのひとつとして陶芸を始められたんですね。
陶芸教室が仕事場から離れた場所にあったので通うのが大変だったのですが、陶芸教室の伊藤先生が熱心な方で、だんだん陶芸をするのが楽しくなっていました。
約2年ほとんど毎日のように通っていて今考えると結構迷惑していたんじゃないかな...。
そんな時に伊藤先生から「陶芸はやればやっただけ成長できる」「夢をかなえられるものだ」という言葉に半ば騙される形で(笑)陶芸家を目指すようになりました。
今思えば夢もぼんやりとしていたし、陶芸は肉体労働だ~って事も分かってなかったなぁ。そして25歳の時に、フラワーアレンジの仕事を辞めて伊藤先生に弟子入りさせて下さいとお願いをしに行きました。
でも、当時は地場産業が少なく陶芸品を販売できる所が無かったんです。
生活もあったので、定期的にフラワーアレンジの仕事を委託で貰いながら陶芸家になるぞ!と思い込んで毎日鍛錬していました。
30歳の時に工房を建て、31歳の時に窯を持つことが叶いました。家族もいきなり本気で工房?窯?って感じだったと思いますが、自分の力でやると決めた事ならと理解してくれて、精神的に支えてくれました。
ー陶芸教室や展覧会に作品を出展されていますが
器が出来るまでどれくらい時間が掛かるものなんですか?
土の状態から器となって窯から出てくるまでだと2ヶ月程かかります。
土のブレンド→ロクロ成形→乾燥→デザイン→素焼き→釉薬(ゆうやく)がけ→本焼きの流れです
素焼きは土が初めて火にさらされるので、ゆっくり水分を充分に抜きながらヒビ割れる事のないように、900℃迄14時間程焼きます。
本焼きは手間をかけて何度もテストを繰り返したオリジナルの釉薬をまとった器物を1250℃まで36時間かけて慎重に焼く作業。
釉薬が熱によってガラス状の被膜となり、水漏れを防ぎ美しい色の器になっていく。その為に窯全体の完璧に近い温度管理、酸素濃度の調整が必要です。様々な色の器を一緒の窯で焼くので、時には釉薬が溶けすぎて棚板とくっついて割れてしまう事もありますね。
ー窯での作業は聞いているだけでもヒヤヒヤします
上手く完成出来るのはどれくらいの割合ですか?
120%の仕事をして80%取れたら上出来ですね。
焼きあがるまで窯も中はみれませんから、窯場の空気感、匂いなど経験上のカンの様なものが重要です。特に依頼された仕事の時は失敗できないですね。夜中、窯をたいている間で仮眠をとっているとき工房が燃えていたり、作品がマンガみたいにダラダラ~と溶ける夢を見た事あります.....悪夢です。
ー平岡さんの作品では、青瓷(せいじ)の器が多く作られていますが
作られたきっかけは何ですか?
弟子になってから最初の頃、師匠から釉薬はいろんな表現があるから
まずは一つに絞った方がいいよと言われ、初めは紫色を表現したかったのですが
紫は焼き物の伝統的釉薬の本筋と少し違うかなぁとなり、青色が好きだったこともあり青色が表現できる青瓷(せいじ)を選びました。
ー青瓷って高級で難しいイメージがあるのですけど...
初めは、技術的なものは何も知らずに決めましたね。
青瓷って当時、陶芸家になった人が最後の目標にしていたり、お茶の世界でも青瓷器は牡丹や芍薬しか入れれない位の器だとお茶の先生方からきかされたり
ー別格なのですね
お茶の世界や、中国で青瓷が生まれた歴史、日本に伝わった経緯等から、その様なイメージが定着している感じはありますね。
選んだ私自身は後から学んだりして、そうだったのかぁ...って感じなのですが。
青瓷は、他の釉薬の何倍もの量を器に重ね掛けし、1日で終わる事が1週間もかかることもあり、半分以上ダメになることもあって何度も心が折れました。
だけど、青瓷を学んだからこそ釉薬の無限の可能性を知り、焼き物の幅広い世界に踏み込むきっかけにもなりました。
今では、あの時青瓷を選んでよかったなと思っています。
ー平岡さんといえば「讃岐の色」とイメージするのですが
「讃岐blue」は実際に香川の材料が入っているのですか?
地元香川の景色を表現するなら香川の土を使わないと意味が無い気がして
日本の焼き物の歴史はその土地で採れる土や石、それに適した加飾等が伝統として受け継がれています。焼き物材料店で釉薬を買って色を出すことも出来るけど、産地では無い香川でも自身のオリジナルにこだわりたい。これは師匠から受け継いでいる事でもあります。
ーご自身で土を採ってきていると聞いたのですが
はい、焼き物に適した土は香川に少ないので、土では無くて釉薬材料となる凝灰岩(ぎょうかいがん)を採りに。師匠やそこで学んでる人、数人でハンマーやスコップを持って山へ。これが、めちゃくちゃ重労働なんです。それを持ち帰って機械で細かく砕いた粉末を長石や灰等と混ぜ合わせていきます。
ー大変そう...青瓷釉の青はそこから生まれているのですね。
凝灰岩の中には鉄分が含まれていて、青瓷の青を引き出す為の3%程の必要量とぴったりなんです。正に香川の山に眠ってる鉄が窯の中で土と合わさって出来る色なんですよ。
土によって発色や貫入(かんにゅう)のひび割れ模様が変わるため、窯たき毎に、作りたい色や表現を目指して土や釉薬の調合をしています。
自然のものは安定しにくいので研究や試作を繰り返し、生まれるのが「讃岐blue」の器なのです!
ー作品の形や色のインスピレーションはどこから生まれているのですか?
自然界から来ていますね。
日々の空、花の色や昆虫、色深海生物の不思議な形や色調も好きです。
陶器に使っている釉薬にも自然の中から生まれた鉱物が溶け合わさって色となっていますからね。
窯の中で器の色が変わっていく窯変(ようへん)という現象があるのですが、思ってもみない色が現れるんです。空の色が毎日変化するのと同じ景色に感じますね。細密な計算やデータの元、生まれた色とそんな自然の偶然から生まれた色、どちらも表現したいと思っています。
ー海外にも行かれたのですね。
タイとフランスに文化交流の一環で参加したことがあります。
タイの時は、初めての海外展示で体調面も万全ではなく前準備も足りなかったですね。また、陶芸に対する日本とタイの捉え方かなぁ..そんな違いもあり自分が思う表現が上手く出来なかった気がしています。
ー苦い経験になったんですね。
タイでの経験から、次のフランスでは準備万端で絶対に後悔しないよう、結構こだわって挑みました。
フランスのトゥールに行った際は、香川の伝統工芸のものづくりを伝える匠雲(たくみくも)さんのチームの一人として盆栽や和菓子、ツアーで回ってきた観光客のお客様にお茶をたてるワークショップなど日本の文化体験を取り入れました。頑張った甲斐もあって、器が欲しい!気に入ったと声をもらい、向こうのギャラリーの方とも良いご縁を頂き今に繋がる経験が出来ました。
フランスに行くことで、自分の作品が認められたように感じましたね。
ずっと見守って応援して頂いた方からもフランスに行って良かったね、ちょっと変わったよねと言って貰えてなんだか殻が剥けて新しい自分、もう一人の自分に出会えたような気がしました。
ー今回の展示で布作家のさとうゆきさんとのコラボした作品が出来ましたが
コラボのきっかけは何ですか?
今回の展示では、お抹茶盌(まっちゃわん)を様々に展示します。両掌におさまるサイズ感の中で、色、形、デザインの展開を広げている。制作にハマっている器。
器を手で包み込みお茶を飲むことは日本人特有の文化ですよね。
難しいイメージのお茶ですが、もっと気軽にお茶を楽しんで貰いたいですよね。
これさえあればお茶が出来る!
おままごとのようなお茶セットを作ろうと考えていたところ前々から気になっていたゆきさんの布巾着「ころん」がお茶のセットを包むのにピッタリじゃないかと思いました。ギャラリーの展示会で初めてお会いする機会がありまして「運命」だと思いましたね(笑)
ーとっても楽しそうなコラボになりそうですね。
毎日使って頂きたい器を優しく包み込んでくれる素材として、ゆきさんの布作品はピッタリ!布袋の紐を解いて器を覗き見てわぁっと驚き、布から取り出して
小さな蓋つきの器には金平糖なんか入れてみようか..なんて。良いですよね。
布の色やスティッチの色などこだわった部分があるのでゆきさんとのコラボ完成が楽しみなんです。器が私の手を離れて皆様の日々毎日の日常の道具として自分らしいお茶時間を過ごして貰えたら嬉しいですね。
ー同時に開催されるお茶会について教えて下さい。
私が作ったお茶盌に茶筅(ちゃせん)を使い自分でお茶をたててもらって混ぜて飲む所作、一連の流れと時間を愉しんでほしい。
毎日のお茶やコーヒーを飲む時間と同じように気軽に取り入れて貰いたいと思います。ノアイエさんの和菓子も独自のスタイルを生みだしていて、
愛らしい表情と口に入れた際のちょっとしたインパクト..とても楽しみ。
茶筅さばきも改めて教えて頂こうかと。暮らしの中の身近なスタイルのひとつとして器を介して体験してほしいですね。
お茶の時間って気持ちの切り替えになると思うんです。
お茶の所作って難しく感じていますが思いやりの所作だと思っています。
だから難しく考えず気軽にお茶会ごっこを楽しんでくれたら嬉しいです。
ー平岡さんにとって「瀬戸内」とはどんな存在ですか?
私にとっては「ゆりかご」のような場所で
大切なことを忘れないでいれる場所です。
子どもの頃は島に住む祖父母の元で夏を過ごしました。青い海、塩の香りを嗅ぐと、島の人たちの優しさや純粋さを思い出して、まるでふわふわの布に包まれるような「ゆりかご」のようで。純粋に自由に作品が作れているのは、周りの人たちの支えがあってこそですね。
40代ぐらいの頃は生まれ変わったら陶芸はしませんと言っていたんです。
でも50歳を迎えて、もっといろんなことをやっておけばよかったと思いましたね。今は、100歳まで生きても足りないんじゃないかと思い初めまして...若返りの薬が欲しいです。
自然環境が崩れてきている今、美しい瀬戸内の情景を思い出と共に大事にしたい、
作品に表現していきたいなと思っています。美しいものを見て、作品に表現する。それを見た人が自身の記憶に残る思い出、美しい景色を思い返す。次の世代の方たちにも繋がっていって、この空や海を守っていきたいと思えるような意識を継承できるような形で器を生みだし残していく事が出来たら、と思います。
今回は、讃岐の色に魅せられた平岡さんの妥協しないまっすぐな作品への情熱を感じるお話でした。平岡さんの力強く、女性らしいしなやかな形と美しい情景、その一瞬を溶かした色を取り込んだ魅力あふれる器たち。10月から始まる展示会をぜひ楽しみにお待ちくださいね。
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